教室を飛び出してしまったA君のこと
 新学期早々のある日。5年の担任の先生が出張のため、算数の時間の補欠授業に行った。
 教室に入ると、何人かの子がうろうろ立っていたが私の姿を見て、一応席に着いていった。ただ、一人だけ、窓際で本を読んでいる子がいる。座るように声をかけても知らん顔で本を読んでいる。それがA君だった。
「先生、そいつは不良なんやで。」と馬鹿にしたように言う回りの子もいる。
「まあ、すわれや。」とやや強引に手を引いて自分の席に着かせる。しぶしぶ座る。
  机の上にはごちゃごちゃといっぱい物がのっかっていて勉強できるような状況ではない。
「机の上、どうするんや?」と聞くと、「後で片づける。」と言う。
 とりあえず、予定されていた算数のプリントを配る。問題をノートに写してやることになっているのだが、A君はプリントの隅にくちゃくちゃと読めないような字で書き出す。
 さすがに、これでは勉強にならないと思い、「ちゃんとノートを出して、やれよ!」と口調をきつくして言ったとたんA君は教室を飛び出していってしまった。
 さあ、困ったぞ、と思いつつ、他の子には、そのまま続けるように頼んで、A君を探しに行く。たぶん遠くには行ってはいないだろうと、教室近くの屋上への階段を上がっていくと案の定踊り場の隅に寝転がっていた。
 どう、声をかけたものかとまどったが、とりあえず、
 「どうした。何が気にいらんかったんや。」と聞いてみた。
黙ったままかと思ったら、A君は語り出した。
「ぼくは、算数が嫌いなんや。今日はほんとなら国語が先にあるはずやった。ぼくは、国語はすきやで、国語で元気つけて算数もやろうと思ってたのに、先生、勝手に変えたやんか。それに、プリントに書いてたんは、その方がノートあんまり使わんですむからや。」
と言う。思ったより素直な子なんだなと思い、
「そうか、ほれは、先生も悪かったなあ。でも、先生は、ノートに書いた方が分かりやすいと思ったから言うたんや。先生の言うことおかしいか?」
「そら、そうかもしれんけど、ぼくはぼくのやり方があるんや。」
「そうか、まあ、分かったで、教室へ戻れや。」
「いやや、もうやる気なくしてしもた。」
 そう言って、階段の手すりの間に顔をつっこんで動こうともしない。しかたなく、
「A君はどんな勉強やったら好きなんや?」
「国語とか……、でも物語は好きやけど、他のはきらいやな。図工も好きや。」
などととりとめもない話を続ける。そのうちにチャイムが鳴ってしまう。
「ああ、チャイムが鳴ってしもたなあ。まあ、しゃあない。次はA君の好きな読書になったるで、気を取り直してがんばれや。」
 というと、A君も腰を上げて教室にもどった。みんなが図書室へ行くので、A君もそうするのだろうと思っていたら、意外にも、自分の席にすわって、プリントの問題をやりだした。見ていると、「きらいや」と言った割にはすらすらすできている。
 Aくんにつきあって、見ていると、結局次の時間ほとんどかけて、算数の問題をやってしまった。
 そして、初めに自分が言ったとおり、机のがらくたもきちんとかたづけていた。

 もし強引に叱りとばしていたら、こうはならなかっただろう。子どもの言い分に寄り添ってみることの大事さをA君からあらためて学んだ気がした。