【特別支援学級担任の目から学校教育を考える@】
 なかよし学級でのHちゃんの成長
 

1Hちゃんとの出会い

 「なかよし学級なら学校へ行ってもいい。」

 そう言って4年生のHちゃんが私の担任する『なかよし学級』に来たのは、5月末のことだった。

 Hちゃんは、3年の頃から学級の中でも孤立しがちで担任が気にかけていた子だった。三人兄弟の上二人は完全不登校という家庭環境の中で、Hちゃんも情緒不安定で不登校気味だった。その傾向が四年生になって強まり、連休明けから休む日が多くなった。二人の姉・兄に加えて妹まで不登校になってはたまらないと思った母親が何とか登校させようとした結果が「なかよし学級でなら……」というHちゃんの言葉だった。それは、たまたま、なかよし学級にはY子ちゃんという同学年の友だちがいたからだった。

 Hちゃんが母親に連れられて来た日、私は別の子の社会見学の引率で不在だった。教務の先生が、教室に置いてあったタイル算のプリントをさせて下さったとのことだが、その日、家に帰ったHちゃんの顔は今まで見たことのないほど明るい顔で「なかよしの勉強、楽しい!」と言ったということである。

 

2.Hちゃんとの歩み

 (1)わずか1月でクリアした繰り上がりの足し算

 Hちゃんが不登校気味な原因の一つは学力不振である。算数は、4年になっても繰り上がりの足し算ができないという落ち込みようだった。前担任も2年の時の担任も必死になって補習したが身に付けられなかったという。

 ちょうど、Y子ちゃんも繰り上がりの足し算に取り組んでいるところだったので、Hちゃんと一緒に学習を進めることにした。

 10の補数を使う繰り上がりの計算だと、7+6などが非常に難しいので、5・2進法によって進めた。

 最初、かんづめタイルでの6〜9の表し方を教えた。1週間もすると上記のような繰り上がりの足し算が理解できるようになり、「もっとちょうだい」と何度でもプリントでのドリル学習に張り切って取り組んだ。去年からタイル算に取り組んでいたダウン症のY子ちゃんも、Hちゃんといっしょに学習することで理解が進み、ほぼ同じようにできるようになった。

 その次は、タイルを離れるつなぎとしての『指タイル』を教えた。

 

 5    6   7   8   9

    

  6+7=13 

  この指タイルでの計算はとてもわかりやすく、5以上の繰り上がりの足し算はほぼ1ヶ月でマスターできるようになった。そして、同じように美子ちゃんもできるようになった。

Y子ちゃん一人を相手にしていたときは遅々として進まなかった学習が、Hちゃんと二人でやったら一気に理解が進んだというのも発見だった。

 その後、9+3のような仲間はずれの計算を指導した。ここがやはりネックで今までの指タイルと混乱して、何度もフィードバックしてはやり直したが、1学期の終わりにはほぼ繰り上がりの計算はクリアできるところまで行った。

 

(2)音読で見せたHちゃんの真の姿

 なかよし学級という、安心して自分を出せる場に居られ、苦手の算数も楽しく学べるという張り合いが出てきたことで、表情もすっかり明るくなった。(私は、それまでのHちゃんのことをよく知らないのだが、担任の先生が「朝の会や帰りの会で、教室に来たときの声が今までと全然違う。」とのこと)

 Hちゃんの本来の力を感じたのは音読だった。ちょうど、Hちゃんが来たころから国語の時間に「つるの恩返し」の紙芝居を教材として音読練習に入っていた。みんなで場面を分担して読むのだが、Hちゃんの声はとても張りがあり表現も豊かなので、私自身びっくりするほどだった。

 ちょうど、6月中旬から障害児理解の授業を各学級毎に1時間ずつ入り授業で進めていた。なかよし学級での学習風景をビデオに撮って、それを材料に授業をして回ったのだが、Hちゃんのことを知っている子どもたちは、みんな驚いてしまった。あんなに生き生きと快活に音読している姿を今まで見たことがなかったというのである。

 
 

【障害児理解の授業の感想文から】

 ぼくは、きょうなかよしとあすなろのことをはじめてしった。ぼくはHちゃんがたのしそうなんをみてまったく4−Bとぜんぜんちがうからぼくはびっくりしました。(大吾)

 Hちゃんは3Bのきょうしつではこえがちいさかったのに、今、なかよし学級ではすごく元気で声も前よりも大きくなっていました。(ひろみ) 


  私が特別に何かを指導したというわけではない。自分のありのままを出せる場に居るということで、本来のHちゃんの子どもらしい姿が表に出てきたのだ。担任の教師も、「あれがほんとのHちゃんなんや。家庭訪問に行って、家で見たときのHちゃんってあんな子やったの。」と言っていた。

 とすれば、そんな姿を出せずにいる学校ってやっぱりおかしいと思うのである。

 

(3)水泳でも力をのばしたHちゃん

 6月中旬から始まった水泳。Hちゃんは、顔はつけられるが目は開けられない。3年の時は10mほどしか泳げなかったという。「運動はだめ。」と思いこんでいるHちゃんに自信をつけるよい機会だと思い、もぐりっこ、水中での目開け、伏し浮き、呼吸と指導を進め、1学期の終わりにはプールの横をドル平で往復できるようになった。

 そして、夏休みの水泳教室でも指導した結果、37mまで泳げるようになった。

 

(4)二学期始めの不登校

 二学期に入り、運動会練習が始まった9月11日、朝、母親から「学校行かへん、いうてぐずってるんやけど……」と電話。しかたなく、家まで迎えに行くが、泣いて部屋から出ようとしない。行きたくないわけを聞くと、「4Bの男の子が悪口言うから。」という。前日のダンス練習でちょっと間違えて笑われたのが原因らしい。間違ったのはHちゃんだけでもなかったし、そんなにひどく嘲笑された訳でもないのだが、周囲に対して臆病になっているHちゃんにはひどくこたえたのだろう。結局1時間ほど説得してみたがだめだった。昼前、隣りの肢体不自由学級担任の先生に再度行ってもらったらなんとか登校してきた。これが続くようだと困ったなあと心配したが、その後、練習にも元気に参加するようになり、不登校の気配はうすれていったのでほっとした。ほんの些細なことでつまずいてしまう、そんな情緒障害的な部分を持っているのだということを今回の件で感じたのだった。

 

(5)工作で講評つきの作品に選ばれる

  秋の展覧会に向けて、工作に取り組んだ。「新種○○虫」というテーマでいくつか作品例を紹介してやったら、「てんとう虫が作りたい」というので紙皿を素材に作らせた。最初1枚でやっていたが、何となく寂しいので、もう一枚つけたら?とアドバイスしてありのような形にして完成させた。楽しく作っていたので、それを出品したら、審査員が「これは、よくできている。」とずいぶんほめてくださったらしい。立派な賞状までもらうことができて、Hちゃんは大喜びだった。

 

(6)漢字・二桁の足し算・引き算に挑戦中

  国語は、Hちゃんにとっては好きな方なので、漢字練習など喜んでやっている。二年上から始めた漢字学習ノートを次々に仕上げ、今、三年下も終わろうとしている。もちろん、練習した漢字が全て定着しているわけではないが、その意欲は大いにほめてやりたいと思う。

 問題は、算数だ。1学期順調に繰り上がりの足し算をマスターしたかに見えたが、やはり基本的な数量概念が弱いため、9+6=5としてしまったり、7−1のようなごく易しい引き算にも考え込んでしまうということがしばしばある。「こんなん簡単やんか!」とついいらだって言うと、悲しそうな顔をするHちゃん。「あせったらあかん」と反省してはまた元にもどって指導し直す日々が続いている。

 それでも、徐々に理解も確かになり、タイルの助けを借りながらではあるが、二桁の繰り上がりの足し算、繰り下がりの引き算ができつつある。ここを突破できれば、三桁、四桁の計算への展望も開ける。九九にも進める。「何とか行けそうだ」という手応えを感じているこの頃である。

 

(7)Hちゃんの姿から学校教育を考える

 三年生までのHちゃんのことを知っている教師は、みんな「Hちゃん、変わったなあ」と言う。確かに、なかよし学級で学んでいるときのHちゃんはとっても明るい。それに回りの子にもやさしい。一番障害の重いMちゃんに対しても「Mちゃん、上手にしやるなあ」などと温かい言葉をよくかけている。そんな明るさとやさしさを持った子が、なぜ今までの学級では本来の姿を出せなかったのだろうか。

 その最も大きな要因は、「算数ができない」=「頭が悪い」=「だめな子」という学校的価値観の中で自分に自信を持てなくなっていたことだろう。

「これもできない」「あれもできない」という負の連続に加えて家庭的な状況も負の部分を背負い、いつそう自分の殻を閉ざすことになっていったのだと思う。

 それが、障害児学級で、周囲への劣等感を持たなくてもよくなった。そして「自分なりにできること」を積み重ねる学習になった。さらに努力の成果が具体的に実っていった。そういう歩みの中で本来の自分を開いていけたのだと思う。

 

 Hちゃん的存在は、多くの学級にいる。その子たちが自分の歩みに合わせて学べる場がもっと多様に用意されるべきではないのかと、今、強く思う。